【1】“ほめる”と従業員は本当に“伸びる”のか?

1》“ほめられ”て伸びるタイプ?

少人数の経営コンサルティング企業を経営するA社長は 『私は“ほめられ”て伸びるタイプです』
と言う人が、あまり好きではないのだそうです。

しかも“ほめられ”て云々、と主張する人は様々な年代層に分散されており、『一種の社会現象になってしまったようなのが、また嫌だ』とおっしゃっていました。

条件反射的に人の好き嫌いを判断してしまうのは問題かも知れませんが、急いで“問題視”してしまう前に、A社長の“主張”をお伺いしてみることにいたしました。

そのご報告をさしあげるとともに、従業員への“接し方”の原点について、もう一度考え直してみたいと思います。

2》叱られることを嫌う従業員は伸びない?

経営コンサルタントは、しばしば精神的にきつい仕事をするそうです。

たとえば、経営者に利益改善指導を行うような場合には“実際の成果”が求められますし、その指導云々の前に
経営者の事業に対する理解が欠けるような時には、『そんなことも知らずに、高い料金をとるのか!』と“罵倒”されることもあるからです。

そんな葛藤の中で、それでも冷静にコンサルティングを続けるには、A社長いわく、 『叱られたくらいで意気消沈するような人材では務まらない』 のだそうです。

3》経営コンサルティング業に限らず…

経営コンサルタントに限らず、顧客や取引先等との厳しい“交渉”や“対応”に弱ければ、どんなに普段は優秀でも、現場の担当者や責任者として役に立たないかも知れません。たとえば、顧客の誤解によるクレームを受けて、反論もできずに泣いてしまう担当者は、自社の商品やサービスの“正当性”や“信頼”さえ守れないかも知れないからです。

ただ、問題は“交渉”や“折衝”、あるいは厳しい状況での“強さ”が、従業員を“叱ること”や“ほめること”と、どう関係しているかということなのです。

【2】“叱って指導する”ことに慣れ親しみ過ぎた?

1》“叱る”ことが身に付き過ぎたA社長

A社長は、コンサルタントである従業員が、クライアント(契約先の経営者)のクレーム等に対し、十分な説明もできずに帰社すると、非常に厳しく叱ります。

それは、社長に叱られる方が顧客のクレームより怖いと感じると、従業員が顧客を怖がらないようになるからだそうです。

それは、あたかも幕末の新撰組副長の土方歳三が、戦闘の最前線から逃げて来る隊員を容赦なく斬り捨てた話に似ています。隊員には、退いて鬼副長と対面するより、前へ進んで戦った方が“生き延びる”可能性があったわけです。

確かに、鬼のように怖い副長の存在で、幕末当時、新撰組は大いに活躍できました。しかし、A社長には悩みが残ります。

2》従業員を“一人前”にしたいという親心

A社長は、戦いに勝つというより、従業員を早く“一人前”にしてあげたいという思いで叱ります。昔流に言えば“愛のムチ”そのものです。

ところが、その“愛のムチ”では、従業員が育っているという実感どころか、定着率も非常に低いのが現実なのです。

厳しい姿勢は、必ずしも成果を上げてはいないということです。

そこでA社長は、様々な“書籍”を研究したそうです。著書は国内にとどまらず、アメリカやヨーロッパの翻訳書も読みました。そして、その中で、“一つの大きな発見”があったそうです。

3》しかし“ヒト”を叱ってはいけない?

A社長は『どの本だったか忘れた』と言われますし、それが本に書いてあったことかどうかも記憶が定かではないそうですが、

『人を叱ってはいけない。その行為を叱れ』

という言葉が、強烈な印象として頭に残ったと言われます。

そして、その印象が、様々な“出来事”の中で、少しずつ“現実化”して行き、『行為を叱るって、こういうことだったのか』と思えるようになりました。

『たぶん、目からウロコが落ちるっていうのはこういうことだろう』とA社長はおっしゃっていました。

【3】“行為を叱って人を叱るな”という言葉の真意

1》泣き出した従業員

たとえば、クライアントのクレームを受けた際、A社長の従業員は、しばしば、
『クレームの内容を克明には聞けていない』
のです。A社長への報告は“客が怒っていた”とか“コンサル料を返せと言われた”などという“状況”報告ばかりで、“内容”が伝わってきません。

ある時、『なぜ内容を聞かないのか』と叱ると、従業員は『そんなことを言われても、先方の社長は何も話してくれません』と悲鳴のような声を上げます。

そして、ついに
『どうしたら良かったのか教えてください』
と、泣き出してしまいました。

2》冷静に教えてみたら…

その涙で、A社長は冷静になり、
『社長に報告しなければならないから、お怒りの内容を(報告できるように)教えて欲しい。もし必要なら、社長から直接連絡させる、と言えば良かったのだ』
と“教え”たのです。

怒り出した顧客には、気を悪くさせたことを素直に謝罪して“怒りの内容”を詳しく聞く姿勢をとると、急速に態度を軟化させて、具体的に話し始めるケースが多いことをA社長はご存知です。

しかも内容を詳しく聞いているうちに、クライアント自身が、はっとして、自分の誤解に気付くことさえも、本当に多いのです。

3》問題だった“行為”が明らかになった!

『クライアントの怒りの内容を聞かなかったことが、君の不手際だ』と、A社長は従業員に指摘しました。

つまり、クライアントに言い負ける“不甲斐無い”従業員に、社長自身が“怒り”をぶつけるのが
“人を叱る”ことだとすれば、何が問題だったかを“具体的に”指摘することが“行為を叱る”ということなのです。

問題の具体的指摘では、怒りという“感情”などに任せてはおけません。

むしろ、社長自身が“冷静”でいなければ、問題の本質を見逃してしまいがちだからです。

【4】行為を問題にするなら“ほめる”ことも効果的

1》“バカだ”と言ったのに感謝された?

『まだ、感情的な怒りが十分には収まっていなかったから、その従業員に“大声を出された時でも泰然と構えてクライアントの話を聞けないから、お前はバカなのだ”と言ってしまったのに、その従業員からは、素直に“申し訳ありません”と謝罪され、最後には“ありがとうございました”とまで言われて逆に恥ずかしかった』

“一人前”になりたい思いは、従業員も同じです。しかし、どうすれば“一人前”の道を歩けるのか、分からないために右往左往してしまうケースが多いのでしょう。

2》誰もが不安な現代では…

特に今は、昔と違って、将来に不安を感じるのが普通になった時代です。

そのため“どんなに叱られても、この会社にいれば安心”とは、もはや誰も思えないと考えた方が良いのです。

 『だから、従業員を自分の会社に引き留めようとして“ほめろ!”という論調が多いのだろう』とA社長は言われるのです。

それは『ヒトは“おだてて利用しろ”と言うに等しい』とまで、A社長は指摘されます。

そんなことでは良い人材は育ちません。

3》行為を“ほめる”ならそれ自体が“指導”

しかし、逆に“ヒト”ではなく“行為”を問題にするなら、 “ほめる”ことも重要かも知れません。

たとえば社長の激怒の中で、『どうしたら良かったのか教えてください』と懇願した従業員の行為は、ほめられるべきでしょう。

そのおかげで、A社長の怒りを鎮めて具体的な指導を引き出したからです。あるいは、社長がその“行為”を例にとり、
『ここで私にしたことを、クライアントにすれば良かった』
と言うだけでも、従業員の理解は深まったはずです。

 従業員は“ほめて”育てるか、“叱って”鍛えるかが、しばしば“議論”されますが、ただ“ほめる”か“叱る”かではなく、“何を”ほめ、“何を”叱るかが大事になるようなのです。

【5】叱れないから“ほめる”という発想からの脱却

1》“叱る”か“ほめる”かではなく…

これは、経営コンサルタントであるA社長の“クライアント(顧客企業)”の話なのですが、最近、従業員に辞められては困る、あるいは“未払い残業代請求”の訴訟などを起こされては困るという発想から、
『従業員を強気で叱れない経営者が増えている』
のだそうです。

そして、強気になれない経営者層に『従業員は“ほめて(おだてて)”育てろという主張が“受けている”のではないか』とA社長は言われます。

その真偽は別にしても、ここには重要な“従業員育成ポイント”があると考えられるのです。

2》ポイントは“行為”の具体的指摘

そのポイントとは、叱るにせよほめるにせよ、その内容は『心がけが良い(悪い)』などという総論的な内容ではなく、どの行為がどう良い(悪い)のかを具体的に指摘するのでなければ、ほめても叱っても、必ずしも効果は得られないということです。

今は確かに“不安”な時代ですが、技術や情報が高度化して“複雑”な時代でもあります。そして、その“複雑”さは、多くの危険とともに、進む道の選び方で、様々なチャンスに巡り合えるという意味での“可能性”をも含んでいるのです。

そのため従業員の皆様も、複雑な状況の中で“次の一歩”を探せるような、具体的な指摘や指導を、経営者の皆様に求めているのでしょう。

3》ますます必要になる“行為”の観察

ただ、従業員の行為を具体的に評価するためには、“観察”が欠かせません。

“観察”のためには、従業員の日常を知っておく必要があります。

そのため、たとえば、業務日誌や定期面談、あるいは朝礼での顔合わせなど、“ありふれた”仕組みが今、改めて必要になってきているのかも知れません。

難しいテーマですが“ヒト”ではなく“行為”を叱る(ほめる)のは、平素の“日常活動”自体に、大きく依存しているようなのです。